威儀を整え、猊下の影として仕える
法要の始まりを告げるのは、静寂を切り裂く緋靴の音。
堂内に響く太鼓の音に導かれ、本山住職である管長猊下が入堂されます。
その歩みに寄り添うのは、秘書役の丈侍(和尚)と世話役の雲水、行者である私でした。
香箱を捧げ、杖を携え、猊下の影として控える。
線香を差し出し、曲録(椅子)へ導く。
一挙手一投足に全神経を集中させるその役割は、配役の中でもっとも細やかな配慮を求められる場でした。
慌ただしき修行の日々と、師から賜る教え
行者の一日は、すべて猊下と共にあります。
食事の支度や掃除、法要への随行。
修行の身でこれらを全うするのは過酷な日々でした。
しかし、その慌ただしさと引き換えに、師の傍らで直接教えを仰ぐ貴重な時間を得ることができました。
ある時私は問いを投げかけました。
猊下は私を指さし、静かに仰いました。

そこに居るのは仏か? 私か? 考えてみなさい。
その言葉は鋭く胸に刺さり、真実の自己を問い直す契機となりました。
夜空の下で交わした、温かな師弟の記憶
一方で、こんな温かな記憶も残っています。
夜空を仰いだ猊下が「あれは明けの明星かな?」と尋ねられました。
明らかに点滅して動く光に、私が「あの光は飛行機ですね」と答えると、猊下は「確かに、動いているもんね」と、いたずらっぽく笑われました。
ありのままを見る大切さを説かれたのか、あるいは単なる読み違えだったのか。
答えは分からぬままですが、二人で笑い合ったあの柔らかな時間は、今も私の心に深く刻まれています。












禅語にいう主人公とは、何なのでしょうか?