頭陀袋095 令和2年5月号
主人公 人は本当に自分自身、主人公でいるかどうか? 考えてみると極めて疑わしい。他人のちょっとした批判を気にして、その言葉に引っかかり、 何日も何日もこだわり続けている。自分自身の主人公は他人になってしまい、本来の自己を...
頭陀袋2020主人公 人は本当に自分自身、主人公でいるかどうか? 考えてみると極めて疑わしい。他人のちょっとした批判を気にして、その言葉に引っかかり、 何日も何日もこだわり続けている。自分自身の主人公は他人になってしまい、本来の自己を...
頭陀袋2020破顔、微笑、大笑 「笑う門には福来る。」と申します。不思議なことに幸福な人のところには幸福が集まり、不幸を嘆いている人のもとには不幸が集まります。大いに笑って不幸を吹き飛ばし、幸福を招くことに致しましょう。笑いの表現とし...
頭陀袋2020いまどきの若い者は? 最近の世相を嘆く言葉の中に「今時の若い者は…」というのがある。これは現代ばかりでなく、 昔からあった言葉のようである。沢庵禅師は、徳川三代将軍家光公の側近として知られるが、禅師は、「今どきの若い者は...
頭陀袋2020縁の下の力持ち “縁の下”を辞書で引くと(えんがわの下、とか、床下)と、出てきます。これから想像し、“縁の下の力持ち”とは土台石のことだと 早とちりしてしまう人がいるようです。“土台石のように目立たないところで大物を支え...
頭陀袋2020雪舟とネズミの話 令和二年は十二支の一番初め、子年に戻ってきました。 子年生まれの方、それぞれ一つの区切りの年、と受け止めておられる方もあるでしょう。さて、時は室町時代、備中赤浜(今の岡山県総社市)の禅寺、宝福寺に一人の...
頭陀袋2019今を気張らにゃ 平成八年三月一日、私は京都黄檗山萬福寺五雲居におりました。この日は宗内の僧侶育成のための春季講習会が実施中。その頃の私は二十数年のサラリーマン生活を続けておりました。勤務先のオーナーは裸一貫から身を起こし...
頭陀袋2019滅相もない 「滅相もない」と言えば「とんでもない」という意味とほぼ同じで、あるべきことに対し、否定的に使われる言葉です。 また、「滅相もない」と「疎相な」が似たような意味なのは、とんでもないことなのか…。 とにかくここで...
頭陀袋2019慈眼視衆生 人は物を見るとき、自分の損得のレンズを通して判断する。 そこに働く分別心に気付き、自分でもなんてあさましいと、思ってしまう。 観音経の終わりの部分に、そうした損得のレンズを捨ててすべてのものに慈しみの眼をもっ...
頭陀袋2019すてきな雲水さん すてきな雲水さんが現れました。 先日、各務ヶ原の清見寺の尼さんから紹介のありました石雲禅寺の尼僧さんが旅の途中、骨山に立ちよりくださいました。 うかがえば名前は佐藤紹稟禅尼様、通称稟さん。 お生まれは三...
頭陀袋2019開梛(魚梆)と玉鱗のはなし 頭陀袋85号を見た信者さんから「生飯(サバ)台の話、良かったね。と言うより、昔、萬福寺へ行ったことが思い出されてねえ。あの回廊に釣ってある、でかい魚の写真、懐かしかったなあ。あれ、なんていうん...