頭陀袋092 令和2年2月号

縁の下の力持ち

“縁の下”を辞書で引くと(えんがわの下、とか、床下)と、出てきます。
これから想像し、“縁の下の力持ち”とは土台石のことだと 早とちりしてしまう人がいるようです。
“土台石のように目立たないところで大物を支えるのが縁の下の力持ちと、言われる人である”と、 説明する人さえいます。
そう解釈してもよいかもしれません。
しかし、語源はつぎのような話があるので紹介しましょう。
難波の四天王寺は聖徳太子が創建された最初のお寺ですが 仏教伝来を記念して『縁の下の舞』と称する舞楽がずっと行われてきました。
旧暦二月二十二日、聖徳太子の聖霊会に縁の下、つまり聖霊院の庭先で縁の下の舞を舞うのです。
舞台の上に上がらず、人に見えないところで舞うことから、いつしか『誰も見てくれないのに精を出すこと』を、縁の下の舞というようになり、
やがて、いつのころからか 『舞』の部分が『力持ち』に置き替えられ、こちらの句が広まったようです。
意味の方は『人に知られないで力を尽くす人』ということに変わりはありません。
仏教では陰の力を説きます。 『お陰様で』
私たちはこうして生きていられるのですね。
私たちを陰で支えている人の中には存在さえ認知されないたくさんの人達があります。
また、自分が陰の力になることを『陰徳を積む』と、言います。 他人に評価されてしまった陰徳はもう、陰徳ではありません。
人に知られないようなところで積むから陰徳になるのです。
一方、陰徳に拘るあまり、人に知られることを避けるのもいけません。
ひとに知られようが知られまいが徳を積み続けて行くことが大切でしょう。
結果は後からついてきます。 ひたすら、積善、積徳、という菩薩行に専念する。
そのことが自分の豊かな未来を開いてゆくことになるでしょう。

年末、年始の行事

師走(坊さんが走り回る。)年末年始の行事は滞りなく済ませていただきました。
除夜の鐘、元旦の修正会、祝聖のご参詣者も、雪が少なかったからか、例年よりたくさんお詣りいただきました。
元旦の下岡本三寺まいり、互例会もめでたく終わることができました。
徒弟、鳳雅禅士も良い成績簿を持ち帰りました。
大学の冬休みは短くて一月七日には京都、萬福寺に戻りました。年始回りには鳳雅師も同行しましたので、ご挨拶できたお宅もあるかと思いますが、変わらぬご支援のほどお願い申し上げます。

小僧さんの僧談事

新年がスタートしました。
年始のご挨拶へお伺いしてから時間が経ち、私は無事に成人式を迎えることができました。ようやく大人の一員になれた気もしますが、社会に出たばかりで未だに何も知らない未熟者です。
今の私があるのも、支えてくださる皆さんのおかげだと日々感謝しております。次、皆さんにお会いできるのは春季法要の時期です。元気な姿、成長した姿を見せられるよう、今しか学べないことを精一杯取り組み、頑張ろうと思います。
小僧合掌

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古田住職
皆さん、こんにちは。住職の古田正彦といいます。 私は「お寺に行こう 和尚さんと友達になろう」をキャッチフレーズに進めています。 小さなきっかけでも仏様と結ばれることを喜びとしています。