頭陀袋085 令和元年7月号
施食のはじめ あるとき、修行僧が閑静な木の下で座禅をしていました。すると、樹の上に猿が住んでいて、僧が食事をしているのを見て自分も食べたくなり、樹から降りて僧の前までやってきました。僧は猿に残飯を与えると猿は、鉢の底まで...
頭陀袋2019施食のはじめ あるとき、修行僧が閑静な木の下で座禅をしていました。すると、樹の上に猿が住んでいて、僧が食事をしているのを見て自分も食べたくなり、樹から降りて僧の前までやってきました。僧は猿に残飯を与えると猿は、鉢の底まで...
頭陀袋2019かんのん様 大乗仏教で親しまれる観音様は私たちにとってどんな仏様でしょうか? 父親の厳しい愛を喩えるのに、お不動さんの愛、お母さんの愛情を示すのに観音様のお慈悲、などといわれることがあります。私たち黄檗宗では朝のお経の第...
頭陀袋2019貧者の一灯 釈尊が舎衛国にいらっしゃった時、その国に大変貧しくて身寄りのない一人の女性がいました。彼女は、深く釈尊に帰依しておりましたので、国中の人たちがそれぞれの立場において釈尊とその弟子たちに供養をしているのを見て自...
頭陀袋2019忠言は耳に逆らう 秦の始皇帝の死後、 真っ先に都に入ったのは 後に漢を建国する劉邦でした。競争相手である楚の項羽に先んじたことの喜びと、美女と財宝に囲まれて、すっかり気が緩み有頂天になったのを勇将が戒めるのですが劉邦は勇...
頭陀袋2019飛流直下三千尺(小さなことにこだわりそうになったら) 人はどうしても自説にこだわっつてしまう。 それも小さな、つまらないことに。そんな時は大きな滝の下に立つことだ。大音響を立てて虹を作り白煙を舞い上げながら落ちてくる滝は...
頭陀袋2019曾源の一滴水(そうげんのいってきすい)『余分なものなど何一つない』 此の地上に存在するすべてのものは単独で 存在するものはない。 すべてのものは必要があって存在しているものと言える。 余分というものなど何もないのである。...
頭陀袋2019道を修める 人間の心はか弱いものです。 自分が何かをやり遂げようと決意し、目標を定め、予定まで立てていても、いざその仕事をやりだすとなかなか思うように進みません。いつの間にか怠け心が出て「もういいや。」と、断念してしまい...
頭陀袋2018沢庵禅師について 沢庵禅師は安土桃山時代から江戸時代初 めまで生きた名僧として知られています。 妙心寺、大徳寺の紫衣事件という法難に逢い流罪となりますがその後、長年の友、柳生但馬守らとともに三代将軍、家光公の側近となり、...
頭陀袋2018お受戒について お受戒とは仏門に入るにあたり、仏弟子となるための誓いの儀式であり、戒律を受ける(つまり仏教徒として守るべき決まりを再認識し、戒名をいただくことであり、お坊さんだけでなく、一般信徒も生前に戒名をいただくこと...
頭陀袋2018数珠について 数珠についてパソコン(インターネット)を開いてみますと、玉・石・種子・香木などを使った小玉を連ね通して環としたもので、佛号を唱えたり、真言陀羅尼を唱念する回数を数えたり仏を礼拝するときに手にかける法具、と出...