髪(神)頼みが多い恩林寺の小僧です。
困った事があると、すぐ神頼みならぬ仏頼み。
お寺や神社へ参拝する際はお願い事をたくさんしてしまいます。
皆さんもきっとそうでしょう。
学校のテストの前日は特に「赤点を取りませんように。」と頼み込んでいました。
目次
「人事を尽くして天命を待つ」という教え
もし自分が仏様なら、何もやっていないのにお願いする人と、精一杯努力を尽くした上でお願いする人、どちらの願いを叶えたいと思いますか?
もちろん、精一杯頑張った方を優先しますよね。
この問いかけは、私たちが生きる上で大切な「努力」と「信仰」の関係性を教えてくれます。
中国の儒教の教えに「人事を尽くして天命を待つ」という言葉があります。
これは、人ができる限りの努力をすべてやり尽くした上で、あとは運命や天の意思に任せるという意味です。
努力が報われないと感じたら…
日本のことわざに「果報は寝て待て」というものがあります。
これは、似ているようで本質が異なります。
ただ寝て待っているだけでは、良い結果は決して転がり込んできません。
「果報は寝て待て」は、ベストを尽くした後の心構えであり、その前に「人事を尽くす」という大切なプロセスがあるのです。
仕事で重要なプレゼンに臨む時、ただ「うまくいくように」と願うだけでは不十分です。
資料を徹底的に作り込み、何度も練習し、考えうるすべての準備を終える。
それでこそ、初めて「あとは運に任せる」という心境になれるのです。
「天命に安んじて人事を尽くす」という教え
この「人事を尽くす」という行為を、さらに深く捉えた言葉があります。
明治時代を生きた真宗の僧侶、清沢満之の言葉「天命に安んじて人事を尽くす」です。
これは、ただ自分の力だけで努力するのではなく、阿弥陀如来様の救済という「大きな力」を信じることで、安心して精進できるという意味です。
「仲間を信じる」ことで生まれる安心感
この教えは、現代の私たちの人間関係や仕事にもそのまま当てはまります。
プロジェクトを進める時、一人で完璧にこなそうとすると、やがて限界が来ます。
しかし、仲間やチームの力を信じることで、自分の役割に安心して集中できるのです。
信頼という土台があるからこそ、人は全力を尽くすことができる。
仏教も同じ。
仏様という絶対的な存在の力を信じることで、私たちは日々の生活における不安や迷いから解放され、より良い生き方を追求できるのです。
「天真に任す」という教え
しかし、私は先ほどの2つの言葉より。
良寛の言葉「天真に任す」という言葉が心に刺さりました。
これは、こだわりや欲を捨てて、自然の道理に身を任せて生きようという意味です。
良い結果への執着を手放す:良寛に学ぶ生き方
私たちは、頑張った分だけ良い結果(果報)を求めがちです。
そして、思い通りにいかないと、「なぜ自分だけこんな目に…」と、仏様や運命を恨んでしまう。
あなたにも、そんな経験はありませんか?
良い結果に執着するから、苦しくなってしまうのです。
ですが、所詮私たちは人間です。結果を求めずに頑張るなんて、口で言うほど簡単なことではありません。
だからこそ、先ほどの2つの言葉があるのだと私は思います。
精力を尽くし、あとは仏様にお願いする。
それでもダメなら、「今回はダメだった。でも、この経験は次につながる」と自然の摂理に従う。
そして、仏様は私たちの努力をちゃんと見てくださっていると信じ、次も挑戦し続ける。
私たちはきっと、その繰り返しなのではないでしょうか?
そして、仏様が「よく頑張った」と認めてくれたときに、果報というご褒美をいただけるのです。
悪い結果も最高のギフト?
それでも、「良い結果なんてひとつもない!」と嘆く方もおられるかもしれません。
しかし、私は決してそうは思いません。
仏様が与えてくれる試練の意味
たとえ悪い結果に終わったとしても、その経験から自身のやり方に間違いがなかったか反省することができます。
仕事でプレゼンに全力を尽くしたけれど、失敗に終わってしまった。
そんなとき、「今回はダメだった。でも、この失敗から学べば次は成功できる」と、悪い結果を次へのステップだと捉えることができるのです。
仏様は、私たちに今、最も必要なものを与えてくれています。
もしかしたら、その悪い結果こそが、あなたが大きく成長するための尊い贈り物なのかも。
だからこそ、私たちは結果に一喜一憂するのではなく、仏様にこの身を任せ、目の前にあることに集中すれば良いのです。

自然に生きるということは現代にとって厳しい事かもしれません。
私も良い結果を当然求めています。
悪い事があると落ち込んだり苦しくなったりします。
しかし、良い結果悪い結果を決めているのは、仏さまではなく私自身。
仏さまは、貴方にはこの結果が正解だと示しているのです。
だからこそ、悪い結果に恨むことなく、良い結果を出す人を妬むことなく、ひたすら精進することが大切なのです。
小僧合掌🙏













生涯懶立身
騰々任天真
嚢中三升米
炉辺一束薪
誰問迷悟跡
何知名利塵
生涯身を立つるに懶く
騰騰天真に任す
嚢には三升の米
爐辺には一束の薪
だれか問わん迷悟の跡
なんぞ知らん名利の塵
一生涯、出世したり名をあげたりすることに気が進まず、ゆったりとありのままの自分に任せて生きてきた。
頭陀袋には三升の米、炉端には一束の薪がある。
誰が悟りや迷いの跡を問うだろうか。
どうして名声や利益といった塵のようなものを知ることがあろうか。