頭陀袋096 令和2年6月号

一心不生(今、目の前のことにベストを尽くす)

人はよりよくなろうと思って、無茶な事に挑戦する。
なぜ、いまのことにベストが尽くせないのか?
一番慣れた今の仕事をこなせなくて、やったこともない仕事に挑戦するのは心に迷いが生じているからだ。

「一心に生ぜざれば万法咎無し」(信心銘)

あれが良い、これが良くないという分別のさもしい心さえ起こらなければ、この世に存在する全てのものは、そのまま仏であると見えてくる。
今いるところが極楽なのだ。
この極楽の中で迷うことなく自己実現の努力をすることが一番貴重な事なのだ。
心に小智が動いているうちは何をしても成功しない。
もっと分別心を捨てて裸になり、仏の大智をそのまま自己のものとして生きてこそ人生の成功につながるといえよう。
今回は、少し難しくなってきました。
はてな?はてな?と思わないで、話の狙いとするところを見ていただければありがたいです。

信心銘(しんじんめい)

仏典。禅宗三祖の隋の僧作、一巻。四言一四六句の詩で禅の核心。

鎮守の観音さま

青葉が目に染みる好時節となりました。
骨山(貧乏寺)の庫裡の裏に青葉に包まれ、ひっそりとお祀りしてある石仏があります。
三年前、ある居士様から、 来歴不詳との事でこのお寺に収められた観音像です。
お像の両脇には心操妙玄信女。文政四年辛巳六月之建。とあります。
今から二百年前、心操妙玄信女とはなんと奥ゆかしい戒名でしょう。
この女性がどんな一生を送られたのか、この信女を追善された親族はどんな方であったのか…
今は、知る由もありません。
二百年の後、このお寺にご縁を結んで頂き、鎮守社のないお寺の鎮守佛として、雨の日も、晴れた日も合掌し続けて頂いております。

分別とは?

世間の常識に基づいて、事物の善悪などをきちんとわきまえ判断をする時、分別があるといわれ、世間の常識からはずれると、分別がないと批判されたりする。
仏教ではこの分別によって、私達に苦悩が生まれるという考え方をします。この分別によって、自己中心的な固執が生まれ、それによって苦悩が生まれるとされています。

ちえ

●小智…浅い知恵
●大智…優れている智慧
「ちえ」と聞くと、大抵は「知恵」を思い浮かべますが、仏教では「智慧」と書きます。
知恵とは物事について考えたり、判断したりする頭の働き。
智慧とは物事の本質のところを考えて見抜く頭の働き。
知恵は損得、智慧は真偽。と覚えましょう。

飛騨三十三観音霊場会発足三十周年記念法要の延期について

頭陀袋94号でご案内致しました記念法要は、今秋の九月から十一月まで三ヶ寺にわけて行う計画でしたが、四月二十三日、霊場会理事会において、新型コロナウィルス対策の一環として、一年延期とする旨が、決定致しました。
詳細につきましてはこの秋、再度計画を修正してご案内することとなりました。
皆様方に期待をさせたり、残念な思いをさせまして、大変申し訳ありませんが、何卒ご理解頂きたく、お詫び申し上げます。

小僧さんの僧談事

ごみ等を仕分ける時に使われる『分別する』は、日常的に使われている仏教語の一つです。
普段みなさんが家を出入りする際に使用する『玄関』は本来、禅や仏教へ入る入口という意味の仏教語です。また、謝罪の際に使う『堪忍』はもともと苦難を耐え忍ぶという意味で使われていました。
昔から仏教は日本と関係が深く、日常で使われいる多くの言葉の中に、仏教語が残されています。
様々な仏教語を探してみてはいかがでしょうか?
小僧合掌

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古田住職
皆さん、こんにちは。住職の古田正彦といいます。 私は「お寺に行こう 和尚さんと友達になろう」をキャッチフレーズに進めています。 小さなきっかけでも仏様と結ばれることを喜びとしています。