頭陀袋115 令和4年1月号

虎年とお正月

令和四年は寅年。十二支の三番目、動物では寅が充てられています。
寅年のお守り本尊は毘沙門天。毘沙門天は仏さまを守護する存在として知られています。
また、人々に財福を与えることから施財天とも呼ばれています。

正月と言いますとまず初詣。特定のお寺や神社にどっと人が押し寄せます。

テレビや新聞には名の知れた神社仏閣の初詣が報道されます。
各地のお寺や菩提寺の役割は大晦日の除夜の鐘までと考えられがちですが、もともと、正月はご先祖の供養の日でもあります。
各地のお寺の正月行事は盛んに行われておりますが、それが報道されていないのが現状であります。
年越しには除夜の鐘を聴いてゆっくり年を送り、お寺で元旦を迎え仏様に新年のご挨拶を申し上げるのが本来の姿であります。
除夜詣りと初詣は別のものではなく、一続きの営みでした。
現代でも除夜の鐘が鳴り終えるのを待ってその後、初詣をするその習わしは各地に残っています。
私どもの地元(高山市下岡本地区)は昔から氏神様(富士神社)の除夜祭を済まし役員の皆さん
交代でお宮参りの方々の接待を明け方近くまで奉仕されます。
また、元旦は朝、一番に家長(家の主人)さんは岡本三寺(願生寺、眞光寺、恩林寺)へ年始挨拶にまわられます。
ご本尊様にお詣りし、お寺でみんなが顔合わせができるとこれが部落の互礼会という訳です。

さて、干支に因んだ行事と言えば初寅があります。 (高山ではあまり例がありません)
初寅とは寅に縁のある「毘沙門天」の縁日、正月最初の寅の日のお詣りを指す。この日は一の寅「福寅」と呼ばれています。

毘沙門天は戦いの旗印、武人の象徴というイメージもありますが、もともとインドの財福の神、「クベーラ」で後に仏教を守護する四天王の一人に数えられるようになりました。私たちが毎朝唱えます観音経の一節に
「まさに毘沙門天の身をもって得度するものは即ち毘沙門の身を現じて法を説く。」というくだりがあります。鎌倉時代に入りますと毘沙門天は七福神の一人として数えられるようになり
ました。
また、三寅という言葉があります。寅が三つそろうことで、寅年、寅の月、寅の日、寅の刻、いずれか三つを備えた日に生まれた人は幸福な人生を送れる。と、言われております。その代表が

徳川家康公

天文十二年十二月二十六日寅の刻生まれ

上杉謙信公

寅年寅の日生まれ
深く毘沙門天を信じ戦いの旗印に「毘」を掲げ奮闘いたしました。

今月の言葉

夏は涼しく冬暖かに茶は服(飲み加減)の佳きように

(千利休)

先日、青山俊菫老師を塩尻に尋ねました。
老師は表千家茶道の師匠でもあります。
「表流はお茶の泡を立てすぎないように、お裏さんは泡をたくさん立てるようにと申しますが、私はお客さんがおいしくいただけるように。うちのお茶は真ん中流ですかねえ。」と、申されました。まさに利休居士の心を聞かせていただきました。

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古田住職
皆さん、こんにちは。住職の古田正彦といいます。 私は「お寺に行こう 和尚さんと友達になろう」をキャッチフレーズに進めています。 小さなきっかけでも仏様と結ばれることを喜びとしています。