クリスマスはワクワクしちゃう?恩林寺の小僧です。
クリスマスはキリスト教のお祭りです。
しかし、その根底にあるメッセージは仏教と深く通じ合います。
「誕生を祝う」という行為や、「愛」と「平和」の強調がその核です。
これらは普遍的な真理であり、私たちに大切な教えを授けてくれます。
目次
クリスマス イエス・キリストの「誕生」を祝う日
まず、クリスマスの基本的な意味を確認しましょう。
クリスマス(Christmas)は、「キリスト(Christ)のミサ(Mass)」を意味する言葉です。
具体的にはイエス・キリストの降誕(誕生)を記念する日とされています。
この日、世界中の人々がイエスの誕生を心から祝います。
イエスは神の子としてこの世に生まれました。
彼は人類を罪から救うために尽力しました。
この祝祭を通じて、人々は希望や慈愛の精神を再認識します。
ここで重要な点があります。
特定の宗教の枠を超えて考えてみましょう。
「一人の尊い命の誕生」が世界に喜びと平和をもたらします。
この普遍的な価値がここで表現されているのです。
この「偉大な誕生を慶ぶ」行為は、仏教徒がお釈迦様の降誕(花まつり)を祝うのと本質的に同じ感情に基づいています。
慈悲と平和のメッセージの共通性
さらにクリスマスのメッセージは仏教の根幹にある教えと深く共鳴します。
キリスト教におけるイエスの教えの中心は「神の愛」です。
これは他者への献身的な愛を意味しています。
一方、仏教における中心的な教えの一つは慈悲です。
慈は「友愛」であり、楽を与えることを意味します。
また、悲は「同苦」であり、苦しみを抜くことを意味します。
すなわち、イエスが説いた教えは「隣人を自分のように愛しなさい」というものでした。
これは仏教が説く抜苦与楽という慈悲の精神と完全に同一の方向性を持っています。
どちらの教えも同じ真理を示しています。
それは、自己中心的な欲望から離れることです。
そして、他者の幸福のために生きることです。
これこそが真の喜びと世界平和へと繋がる道だと教えているのです。
宗教は異なっても、人類の目指すべき理想は一つであると理解できます。
偉人誕生の意義
では、この「偉大な存在の誕生」というテーマはお経の中にどのように登場するのでしょうか。
仏教の経典の中でも、特にジャータカ(本生譚)という物語群があります。
これは釈迦が仏陀となる前世の物語を集めたものです。
これらの物語の中には多くのエピソードが含まれています。
釈迦は菩薩として何度も生まれ変わりました。
その度に慈悲と利他の精神に基づいて行動しました。
自己犠牲すら厭わない行動をとったことが描かれています。
ジャータカ(本生譚)
これらの本生譚が語りかける真理があります。
それは、偉大な存在のこの世への誕生は偶然ではないということです。
それは、長い時間をかけた善行(因)の結果として実現する必然(果)である、という真理です。
これは、イエス・キリストの誕生が神の計画として描かれるのと似ています。
つまり、超越的な力や積み重ねられた徳が、世界を救うためにこの世に顕現する。
そんな、霊的な意味合いを帯びているのです。
このように、聖なる誕生は、世界に救いと教えをもたらすという点で、仏教とキリスト教の間で共通の役割を担っています。
現代を生きる私たちに
それでは、現代を生きる私たち仏教徒が、クリスマスの時期にどのように具体的な行動として活かせるでしょうか。
大切なのは、単なるイベントとして消費しないことです。
これを「自己を見つめ、他者を思いやる機会」と捉え直すことが重要です。
利他行の実践
クリスマスシーズンは、利他行を意識的に行う絶好の機会です。
利他行とは、他者の利益になる行いのことを指します。
たとえば、高価なプレゼントを贈るだけにとどまりません。
時間や労力を惜しまないことが大切です。
困っている人や孤独な人に寄り添うことから始められます。
具体的には、ボランティア活動に参加してみましょう。
家族や友人の話に耳を傾けることも大切です。
また、感謝の気持ちを丁寧に伝えるといった行為も利他行となります。
これらはすべて、仏教の教えである「慈悲」を具体的な行動に移す実践なのです。
静かなる瞑想の時間を持つ
また、年末は慌ただしいものです。
その中で、あえて静かな時間を持つことも重要となります。
仏教では瞑想や座禅が行われます。
これらを通じて、煩悩に満ちた自分の心を見つめます。
そして執着を離れることを目指します。
したがって、クリスマスの華やかさの裏で、自分を振り返りましょう。
物欲や見栄にとらわれていないか、自分の心のあり方を静かに振り返る時間を持つべきです。
心が平和であることこそが、世界に平和をもたらす最初のステップだからです。
自灯明・法灯明の発見
これまでに書いたような仏教的な実践を行います。
つまり、他者への愛と自己の内省をクリスマスの時期に意識的に行うのです。
これは私たちにどのような本当の恩恵をもたらすのでしょうか。
その最大の恩恵は、釈迦の最後の教えの一つに繋がることです。
それが自灯明・法灯明の発見です。
自灯明とは、自分自身を拠り所とせよ、という意味です。
法灯明とは、真理(教え)を拠り所とせよ、という意味です。
つまり、サンタクロースのような外からの贈り物に頼ってはいけません。
一時のパーティーの楽しみに幸福を依存することも避けるべきです。
そうではなく、慈悲の心という内なる光を見つけましょう。
そして、普遍的な真理という確固たる支えを見つけることが大切です。
その結果として、他者に尽くすことで自分の存在意義を感じられるようになります。
そして精神的な安定と真の充足感(法悦)を得られるのです。
本当の恩恵とは、外側の華やかさではありません。
内側に揺るぎない平和を築くことにあるのです。













クリスマスを仏教で捉え直してみました。
これにより、イエス・キリストの誕生が象徴する尊い命の出現が理解できました。
そして、そこで説かれた他者への献身的な愛のメッセージも理解できます。
これらが仏教の慈悲と利他行の精神と、いかに共通しているかが分かります。
言い換えれば、クリスマスは特定の宗教行事としてだけ捉える必要はありません。
したがって、このホリデーシーズンは選択の時です。
欲望ではなく奉仕を、消費ではなく内省を選びましょう。
そして、自他ともに幸福になる生き方を見つめ直すための貴重な機会とすべき。
そうすることで、私たちは宗教の垣根を越えることができます。
そして、真の意味で平和な世界の実現に貢献できるはずです。
小僧合掌🙏