工夫

工夫
工夫

勉強用の頭が弱い恩林寺の小僧です。

飛騨に初の4年制大学ができるというニュースは、地域の大きな話題になっています。
新しい学びの場ができると聞くと、ご自身の学生時代を思い出します。
テストの点や成績表に一喜一憂した日々。
そして「もっと工夫しておけばよかった」と今になって思う気持ち。
これらは、多くの人が共感するのではないでしょうか。

工夫

社会人になると、「工夫」して仕事を進めることが非常に重要になります。
どうすればもっと効率的に、どうすればミスなくできるか?
日々頭を悩ませることも多いですよね。
この「工夫」という言葉、実は意外な語源があることをご存知でしょうか?

語源

まず、この言葉は「人夫工手間」を略したものと言われています。
これは、職人が仕事に手間暇をかける様子を表しています。
一人ひとりの仕事量が増えると、効率を上げるためにどうすればよいか、自然と工夫するようになるものです。
現代の仕事に対する精神と、昔ながらの職人の心構えは、通じる部分が多いのかもしれません。

仏教の工夫1️⃣

まず、仏教がなぜ工夫を重んじるのか、その根底にある考え方から見ていきましょう。
結論から言えば、それは「苦を乗り越え、より良く生きるため」に他なりません。

仏教の根本的な教えの一つに、「四苦八苦」というものがあります。
この世は思い通りにいかないことばかりで、人生は苦しみに満ちている、という考え方です。
例えば、私たちは病気になったり、老いたり、大切な人との別れを経験したりします。
言うまでもなく、これらはすべて苦しみです。

工夫はそこで重要に

例えば、病気になったとき、ただ苦しむだけでは何も変わりません。
しかし、どうすれば痛みを和らげられるか、どうすれば早く回復できるか、と考えることが「工夫」です。
病気の原因を調べたり、食事を改善したり、新しい治療法を試したり。
これら一つひとつの試みは、すべて苦を乗り越えるための工夫にほかなりません。

仏教の工夫2️⃣

さらに、仏教における工夫は「無駄をなくす」という視点からも語ることができます。
この考え方は、仏教が説く無常という概念と深く結びついています。

無常とは、この世のすべてのものは常に移り変わり、同じ状態にとどまるものはないという真理。
お金も、時間も、若さも、すべてが刻一刻と変化していきます。
したがって、この限られた時間や資源をいかに有効に使うかが問われるわけです。

そこで、仏教の教えでは、無駄な行動や無駄な思考をなくすことが重視されます。
例えば、朝起きたとき、何も考えずにぼんやりと時間を過ごすこともありますよね。
しかし、仏教では、その時間を有効活用するために「この時間に何をするか」を意識的に考えるよう促します。

例えば、朝の瞑想や読書、家事など、小さな工夫を積み重ねる。
そのことで、無駄な時間を減らし、人生をより豊かにすることができます。

白隠禅師が説く「動中の工夫」

白隠禅師は「動中の工夫は静中に勝ること百千億倍す」と述べています。
これは、作務(日常の作業)や食事といった「動中」での修行は、坐禅などの静かな「静中」での修行よりも、はるかに重要だという意味です。
つまり、ただ坐禅をするだけでなく、普段の生活の一つひとつを修行として大切にするべきだと説いているのです。

たとえば、禅寺では食事は決まった時間に、決まった量だけいただきます。
これは単に食事をするのではなく、感謝の気持ちとともに行う修行だからです。
このように、日々の生活を律することこそが、修行の本質につながるのです。

工夫の鍵は不放逸にあり

ここまで読んで、「工夫」が大切だということは分かったけれど、どうすればそれを継続できるのだろう?と疑問に思った方もいるかもしれません。

その答えこそが、不放逸ふほういつです。
不放逸とは、「怠けず、油断せず、常に心を引き締めて努力を続ける」という意味を持つ仏教の重要な概念です。
つまり、せっかく素晴らしい工夫を思いついても、継続する努力がなければ意味がありません。

不放逸は、「今、この瞬間を大切にする」ことにもつながります。
例えば、「ダイエットしよう!」と決意して、最初は頑張っていても、つい「今日だけはいいか」と油断してしまうことがあります。
これは「放逸」な状態です。
これに対し、「不放逸」な人は、たとえ小さな誘惑があっても、目標に向かってコツコツと努力を続けます。
この地道な努力こそが、真の工夫を実らせる鍵なのです。

お釈迦様は、涅槃に入る直前に。
「怠ることなく、修行に励みなさい」と弟子たちに説いたと言われています。
これは、生きとし生けるものが真の幸福に至るためには、この「不放逸」の精神が不可欠であることを示しているのです。

工夫を日常生活に

それでは、私たちはどのようにして仏教的工夫を日々の生活に取り入れればよいのでしょうか?
「不放逸」の精神を意識しながら、具体的なヒントをご紹介します。

「なぜ?」と問いかける習慣をつける

私たちは日頃、無意識のうちに多くの行動をしています。
例えば、「なぜ自分はいつも朝食を抜いてしまうのだろう?」
「なぜいつも同じことでイライラするのだろう?」
そんな「なぜ?」と問いかける習慣をつけましょう。

こうして自問自答することで、自分の行動や感情の無駄非効率に気づくことができます。
その気づきが、新たな工夫を生み出す第一歩となるのです。
そして、不放逸な心で、その気づきを活かす努力を始めましょう。

「今、ここ」に意識を集中させる

仏教の修行法である「マインドフルネス」も、工夫を促す有効な手段です。
これは、「今、この瞬間」に自分の意識を集中させる訓練です。

食事の味をじっくり味わったり、歩くときの足の感覚に意識を向けたりする。
そのことで、私たちは目の前のことに集中できるようになります。
すると、無駄な思考や雑念が減り、より効率的に、そして心穏やかに物事に取り組めるようになるでしょう。
この実践もまた、「今を怠らない」という不放逸な心がなければ成り立ちません。

「足るを知る」という工夫

仏教には「足るを知る」という言葉があります。
これは、「今の自分に足りていることを知り、それに満足する」という意味です。

現代社会では、常に「もっと、もっと」と求める傾向があります。
新しいもの、より良いものを追い求めることに疲れてしまうこともありますよね。

しかし、仏教では、今あるもの、今の自分に満足することで、無駄な欲望や競争心から解放され、本当に必要なことに集中できるようになると考えます。
この「足るを知る」という工夫は、不放逸な心によってさらに深まります。
つまり、満足を知った上で、さらにその状態を維持・向上させるための地道な努力を怠らないということです。

仏教における「工夫」は、単なる効率化や改善ではありません。
それは、苦を乗り越え、無駄をなくし、より良く生きるための知恵です。
そして、その知恵を本当に自分のものにするためには、「不放逸」という、怠らず、油断しない心構えが不可欠です。
ぜひ、今回ご紹介したヒントを参考に、あなたの人生に「工夫」と「不放逸」の精神を取り入れてみてください。
きっと、あなたの人生がより豊かで、より穏やかなものになるはずです。

小僧さん

始める事は簡単でも、続ける事は難しいですよね。
人間誰しも気が緩んでしまいます。
しかし、定期的に振り返ることで間違いだと気付くことができるのではないでしょうか?
反省と精進、これらを続けることが工夫につながると私は思っています。

小僧合掌🙏

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

ABOUT US
アバター画像
恩林寺の小僧さん
檀信徒の皆さんに『一休さん・小僧さん…』様々な愛称で呼ばれております、鳳雅禅士です。「一日一善」を心がけながら、日々精進していきます。感謝・合掌。