頭陀袋130 令和5年4月号

かんのんさま(続)

頭陀袋も、知らんうちにもう、130号やな。と言われて、そういえば高山に近いお寺さんにこのところご迷惑な取材をお願いばかりしているな。と反省しています。しかし、これでおしまいというわけにはまいりません。
少し、お茶を飲んだり、お菓子を頂戴してから、また次へまいりましょう。
喫茶去

十一面観音様、三十三観音、百観音、千手観音様、さらには三十三間堂の千躰観音様、観音様にちなむ数字はいろいろありますが、つまりは「たくさんの」「数えきれないぐらい」と、いう意味が含まれているように思います。
菩薩の私たちに対する救済、あの手、この手を通して苦悩を助けて下さる働きを表したものと言えます。
観音さまが登場されるお経といえば毎日のお経で、まず初めに大悲咒(禅宗でナムカラタンノウというあのお経)、般若心経、観音経などがあります。
聖徳太子の時代から現代まで、観音様はお地蔵様とともに日本人には身近に親しまれてまいりました。
また、これら、お経を解読した本もたくさん出回っております。
先日、少しの時間を利用して京都、三十三間堂をお詣りしてきました。
駅から近いのに、子供のころ修学旅行でお詣りして以来です。
中尊の千手観音様を中心に左右に九百九十九体、あわせて千躰の観音さまがお祀りしてあるという、また、平清盛公がかかわったといわれる寺歴、途中、火災にあい、焼け残ったお像に追加して再度、千躰観音とされたという、しかしどの観音さまも均斉とれた直立不動のお姿は圧巻です。

どこかで読んだ本のなかに「自分に似た仏のお姿がある」とやら書かれた記憶にありましたが、どうしてか、自分に似た菩薩様はありませんでした。
仏様で最も尊いのは如来様、次に菩薩様といわれております。
観世音菩薩は、すでに菩薩としての修行が終わり、いつでも如来になれる身でありながら、なお私たちを最後の一人まで救い終わるまで如来にはならないという菩薩であります。
観音経は観音様の働き、ご利益を示したお経として現世利益を説いたように解釈されがちですが、こうした菩薩行こそが、私たちの行動指針であり「自分のことばかりでなく人様のお役に立つように」と気付かせていただくお経ではないかと思うのであります。

今月の言葉

日日是好日

お茶席に案内されると床の掛物にこの禅語がかけられていることがあります。
今年の初め、新堂さんにお寺の掲示板に何か書いてみたら?と申しますと『雨、雪、晴れ、曇り、みんないい天気。』と、書きました。
意味はほぼ同じでしょう。

古田住職

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皆さん、こんにちは。住職の古田正彦といいます。 私は「お寺に行こう 和尚さんと友達になろう」をキャッチフレーズに進めています。 小さなきっかけでも仏様と結ばれることを喜びとしています。