頭陀袋099 令和2年9月号

三拝、九拝

三拝、九拝をインターネットで調べますと「何度も頭を下げて頼むこと。または、そのようにして頼むこと。」とあります。
ただし一般に使われている言葉としての三拝、九拝は、「三拝、九拝してやっと承知してもらえた。」という具合に、頼むことの多くに使われているようです。
しかし、本来の三拝、九拝はもっと次元の高い宗教的なものなのです。皆さんはどんな気持ちの時、頭が下がりますか?どんな状況の時、拝むという 動作をなさいますか?
何といってもありがたいなあ…と感じたとき頭を下げ、あるいは手を合わせ拝まれるでしょう。「ありがとう。」と、言う言葉が口を継いで出るのもこの時です。
三拝とは三回拝むこと、九拝とは三拝を三度、つまり九回拝むことです。
仏教ではこの何度も拝む、お拝をすることが大切な項目となっており、特に禅宗では丁寧にこれを行います。
五体投地と言いまして、両肘、両膝、それに額を地につけて、深々とお拝をしますがこれを一回行えば一拝、三回行えば三拝、九回行えば九拝となるわけです。
禅寺の坊さんはつねにこの三拝九拝をもって仏様にご挨拶をし、感謝の誠を捧げております。
勿論、仏様ばかりでなく私たちをとりまくすべてのものに感謝しなければなりません。ありがたいと思う心が今日の幸せ。
「ありがとうと、言われるように、言うように。」という言う標語があります。本当の三拝九拝はお拝をされる方も、する方もそのまま仏であり、お悟りの姿そのものでなければなりません。
拝むからこれこれをしてくれ。というような取引的な三拝九拝でなく本来の三拝九拝を常に行っていれば感謝の花が咲き乱れ、この世は極楽と感じるでしょう。
極楽に不幸はありません。
余談ですが、私が若い頃の三拝とは南無帰依仏。南無帰依法。南無帰依僧。と念じて拝をする。というように教えられました。
以前、信徒さんが、お宅の寺にお参りしたら「なんか風呂敷みたいなものを出して転がりまわってみえたけど、どんな意味があるの?」と言われ「風呂敷ではなく、あれはお拝をするときに敷く座具というもので、あのお拝というのが丁寧なご挨拶なのです。」と、申し上げたことがあります。

秋の彼岸法要について

今年のお盆はコロナ禍の影響で皆様には大変ご心配をおかけしました。
岡本盆(8月31日・9月1日)を残して無事終わりました。
やはりお盆はご先祖様をお迎えし、各家庭でご供養するという習慣は残してゆきたいものです。
さて秋のお彼岸法要を今年も計画いたしました。皆様ご多用中のところ恐縮ながらご参詣くださるようご案内致します。
なお、コロナ禍の影響で法要を延期または中止せざるを得ないような事態が発生しましたら市内の寺院様の動静を見ながら判断したいと考えております。
ご理解の程よろしくお願い申し上げます。

– 秋の彼岸法要ご案内 –
*歴代和尚報恩法要
*檀信徒様祠堂(永代経)法要

●日 時:9月21日(月)秋分の日 午前10時30分~
●ところ:恩林寺本堂
●法 話:住職
終了後、斎座(昼食)を準備しております。

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古田住職
皆さん、こんにちは。住職の古田正彦といいます。 私は「お寺に行こう 和尚さんと友達になろう」をキャッチフレーズに進めています。 小さなきっかけでも仏様と結ばれることを喜びとしています。