諸法無我

学校の相談室で折り紙をした、恩林寺の小僧です。

友達がよく相談室にいたので遊びに行っていたことを覚えています。
だから、折り紙が得意になったのかも?(笑)

その友達がよく「自分なんていなければ」と口にしていました。
確かに嫌なことがあればそう思ってしまうのも仕方ありません。

しかし、それが本当の正しい答えなのでしょうか?

例えばⅤサインを見て
「ピースだ」という人もいれば「2だ」という人もいます。
人によって見方が変われば、環境によって見方が変わることもあります。
僕のことを「恩林寺の小僧」と認識してくださる方もいれば「どこかの若坊主だ」「似非エセ坊主だ」という人もいるでしょう。

仏教では「諸法無我(しょほうむが:すべての事物に我は無い)」と言います。

色々な見方(因縁)によって、名前や認識が変わるというのであれば、そこにその「事物」は存在していません。

難しい考え方ですね。

友達に「そもそも自分に自分がいるから苦しいのだ」ということを教えられれば良かったです。
(その子も今は元気に働いています。)

小僧合掌

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