接心明けの総門
前回のブログはお休みしてしまい、楽しみにし下さる皆様に迷惑かけてしまいました。申し訳ございませんでした。しかし、その分、冬の本場ともいえる臘八大接心を無事終えました。 寒いこの12月に裸足で行う修行です。 ご飯を頂く時や...
小僧さんのぶろぐ前回のブログはお休みしてしまい、楽しみにし下さる皆様に迷惑かけてしまいました。申し訳ございませんでした。しかし、その分、冬の本場ともいえる臘八大接心を無事終えました。 寒いこの12月に裸足で行う修行です。 ご飯を頂く時や...
木庵禅師物語慧林和尚に黄檗山第三代住持の席を継がさせられ、隠退されたとはいえ、それは名だけのことで、一日として安逸をむさぼられることなく坐禅され、また禅の悟りを求めて訪ねて来る者には親切に禅の真の姿を披露して接化されました。 そして...
小僧さんのぶろぐ秋が終わろうとしていて寒い時期となってきました。皆さん体調はいかがでしょうか? つい先日、夜中に起こされた事がありました。萬福寺門近くの駐車場を使用している方から「猫の死体があるから避けて欲しい」との依頼でした。夜中2時...
頭陀袋2020放生のこころ ~隠元禅師の人柄~ 放生とは功徳を積むために捕らえられた生き物を山や池に放つ慈悲業を言います。『金光明経』というお経の中に流水長者という人が瀕死の魚を放って水を与えまた、お経を聞かせたので、後に魚は天に生ま...
木庵禅師物語七十歳を迎えられた延宝八年の正月三日、黄檗山の和尚方はお斎を設けて禅師のお誕生日に先だってお祝いをされました。 禅師は皆なの願いをききいれられ法堂に上り「寿生」の二字を主題にして説法されました。 十五日、冬の修行期が無事...
木庵禅師物語延宝三年四月、隠元老和尚をお祀りする開山堂の棟上げ式が挙げられ、七月に入ると、萬寿塔院が開山堂の右側に建てられました。 同五年の秋には松隠堂の方丈を移し、四方に垣を築いて、開山堂や開山塔を守護するような形にされました。ま...
木庵禅師物語禅師が六十三歳を迎えられた延宝元年四月三日、黄檗開山隠元老和尚がお亡くなりになりました。 進龕、 掛真(肖像画を掛けてお祀りする)の法語を述べられました。 禅師は百ヶ日の間、寝床に休まれることなく、昼も夜もお棺の傍から離...
木庵禅師物語関東地方での黄檗宗の教線は日に日に拡がり、上野に萬徳山広済寺が潮音和尚によって建てられ、また江戸に紫雲山瑞聖寺が鉄牛和尚を住寺として迎えました。 寛文十一年四月、瑞聖寺の伽藍が竣工したのを機に、かねてから心にかけられてお...
木庵禅師物語寛文七年五月、将軍家から二万両と南海地方の木材チークが下賜され、仏殿を建てることになりました。 青木甲斐守が、黄檗山内に不二庵を新築してここに住まわれ、工事の監督にあたられました。 翌年、大雄宝殿(仏殿)の建築にとりかか...
木庵禅師物語寛文五年春、木庵禅師によって三壇戒会(当時、黄檗の独特な授戒の式)が開かれました。 これを機に甘露堂が東方丈の後方に創建され、禅堂の修覆、石畳を敷いた道路、二つの倉庫などが建てられました。 七月二十日、幕府から呼び出しあ...