臨済宗妙心寺派
Information
鎌倉時代の文永年中に兵火にかかり廃寺となるところを、江馬ニ代高原太郎平朝方が再興し、そのニ男時信を出家させ道泉源和尚と名づけ開山としました。室町時代の天正十三年佐々成政らによって堂宇を焼失。その後も、明治三十八年、再び本堂庫裡を焼失し、明治四十三年に再建され現在にいたっています。
寺宝に、鎌倉創建当時の制札、釈迦一代記などの中世期仏画、笠ヶ岳を開いた播隆上人の「迦多賀嶽再興記」などがあります。
臨済宗妙心寺派
鎌倉時代の文永年中に兵火にかかり廃寺となるところを、江馬ニ代高原太郎平朝方が再興し、そのニ男時信を出家させ道泉源和尚と名づけ開山としました。室町時代の天正十三年佐々成政らによって堂宇を焼失。その後も、明治三十八年、再び本堂庫裡を焼失し、明治四十三年に再建され現在にいたっています。
寺宝に、鎌倉創建当時の制札、釈迦一代記などの中世期仏画、笠ヶ岳を開いた播隆上人の「迦多賀嶽再興記」などがあります。