恥を捨てて人に習う
「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」ということわざがあります。
知らないことを聞くと、確かに恥ずかしい思いをしますがその場だけのこと。
一方、その場をためらって聞かないまま過ごすと一生、恥ずかしい思いをしなければならない。
このことわざによく似ているが、千利休居士より前向きな言葉を残しています。
「恥を捨て人にもの問い習うべし。これぞ上手の基なりけり。」
恥ずかしい思いなど捨てて、思い切って聞いてみる。習ってみるのがよい。
この利休居士の教えのように謙虚さをもって人に接するのが何事にも上達する秘訣というわけです。
自分はまだまだものを知らない。
こうした自覚が自分を育てる力となるようです。
お施餓鬼法要について
例年、県内黄檗宗寺院持ち回りのお施餓鬼法要。
本年は6月28日(日曜日)午前10時と決めていただきました。
ご参列いただける和尚様は、10名余りとなります。
後日、改めてご案内いたしますが檀信徒様の先祖の御供養、永代経を頂いている故人の方々、合祀墓に納骨の方々の御供養となります。
観音米配布のお休みについて
毎月、頭陀袋に添付しております観音米は檀信徒様よりお供えいただいたものを小分けして配布しておりますが少し条件が揃わなくなってまいりました。
なるべく早く再開したく思いますが今しばらくご容赦賜りたくお願いい申し上げます。
なお、檀信徒様の健康祈願、交通安全、諸縁吉祥の御経は毎朝、祠堂経(檀信徒様ご先祖の御経)の後、続けさせていただいております。
和尚の昭和、下岡本を語る
戦後のわが村は、まだ敗戦のショックから立ち上がれず混沌としていたように思います。
兵士として戦場に赴き、そのまま帰られなかった方のお骨が帰られたというので葬式があるというのでご自宅を弔問すると「白い箱だけ帰ってきたがお骨は無く白い紙きれが入っていただけ。情けないもんじゃ。といったものでした。
それでもご自宅の葬儀には近所の皆さん、親戚知人のみなさんでお送りしたものです。
昭和三十年代、自宅からお寺への変遷
昭和も三十年代になると、これまで葬式は自宅で出していたものが、手次のお寺や近くのお寺をお借りして縁借りなどと言って行いました。
手次のお寺さん以外の宗旨のお寺さんの御経は二座と言って、お手次の御寺様のあとでお経を頂きました。
葬儀は次第に葬儀社へ移行し、コロナの後はさらに形態を変え、かなり簡素化されてきました。
故人を偲ぶ、故人とのお別れがこれでよいのか。
お墓の扱いを少し深く考えてみたいものです。










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住職合掌