木庵禅師物語

25.末後の一句

急を聞いて馳けつけられた悦山和尚が、「どうかいま少し長くこの世に生きながらえて下さいますように」と申し上げられますと、 禅師は、「お釈迦さまでさえ、いつ...
木庵禅師物語

24.病危篤となる

天和四年正月十日、京都所司代稲葉公に侍者を使に出されて、永い間黄檗山のために盡力していたお礼を述べさせられました。十三日になるとにわかに病がぶり返し、皆なで秘...
木庵禅師物語

23.隠退後の日々

慧林和尚に黄檗山第三代住持の席を継がさせられ、隠退されたとはいえ、それは名だけのことで、一日として安逸をむさぼられることなく坐禅され、また禅の悟りを求めて訪ね...
木庵禅師物語

22.住持を隠退される

七十歳を迎えられた延宝八年の正月三日、黄檗山の和尚方はお斎を設けて禅師のお誕生日に先だってお祝いをされました。 禅師は皆なの願いをききいれられ法堂に上り...
木庵禅師物語

21.三門建つ

延宝三年四月、隠元老和尚をお祀りする開山堂の棟上げ式が挙げられ、七月に入ると、萬寿塔院が開山堂の右側に建てられました。 同五年の秋には松隠堂の方丈を移し...
木庵禅師物語

20.隠元老和尚亡くなる

禅師が六十三歳を迎えられた延宝元年四月三日、黄檗開山隠元老和尚がお亡くなりになりました。 進龕、 掛真(肖像画を掛けてお祀りする)の法語を述べられました...
木庵禅師物語

19.江戸の瑞聖寺

関東地方での黄檗宗の教線は日に日に拡がり、上野に萬徳山広済寺が潮音和尚によって建てられ、また江戸に紫雲山瑞聖寺が鉄牛和尚を住寺として迎えました。 寛文十...
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18.大雄宝殿建つ

寛文七年五月、将軍家から二万両と南海地方の木材チークが下賜され、仏殿を建てることになりました。 青木甲斐守が、黄檗山内に不二庵を新築してここに住まわれ、...
木庵禅師物語

17.江戸へ下られる

寛文五年春、木庵禅師によって三壇戒会(当時、黄檗の独特な授戒の式)が開かれました。 これを機に甘露堂が東方丈の後方に創建され、禅堂の修覆、石畳を敷いた道...
木庵禅師物語

16.黄檗山第二代住持へ

この年の八月二十三日、禅堂が建ちました。 たまたま即非和尚がこの日黄檗山に登って来られましたので、冬の修行期には木庵禅師と即非和尚が東西両堂の首座として...
木庵禅師物語

15.日本黄檗山の開創

恙なく大阪に着かれますと、隠元老和尚はたいそう喜こばれ、その冬の修行期には修行僧たちの首席とされ、また老和尚に代って説法させられました。 明る年の二月に...
木庵禅師物語

14.長崎の二甘露門

禅師と即非和尚とは殊に仲が良く、お互いに詩偈を作りあったり、舟で沖に出て語りあったり、福済寺と崇福寺を相互いに訪れあったりされました。 また、お二人で盛...
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