頭陀袋

頭陀袋 2020

頭陀袋095 主人公

主 人 公 人は本当に自分自身、主人公でいるかどうか?考えてみると極めて疑わしい。他人のちょっとした批判を気にして、その言葉に引っかかり、何日も何日もこ...
頭陀袋 2020

頭陀袋094 破顔、微笑、大笑

「笑う門には福来る。」と申します。 不思議なことに幸福な人のところには幸福が集まり、不幸を嘆いている人のもとには不幸が集まります。大いに笑って不幸を吹き...
頭陀袋 2020

頭陀袋093 いまどきの若い者は?

最近の世相を嘆く言葉の中に「今時の若い者は…」というのがある。これは現代ばかりでなく、昔からあった言葉のようである。 沢庵禅師は、徳川三代将軍家光公の側...
頭陀袋 2020

頭陀袋092 縁の下の力持ち

“縁の下”を辞書で引くと(えんがわの下、とか、床下)と、出てきます。これから想像し、“縁の下の力持ち”とは土台石のことだと早とちりしてしまう人がいるようです。...
頭陀袋 2020

頭陀袋091 雪舟とネズミの話

令和二年は十二支の一番初め、子年に戻ってきました。子年生まれの方、それぞれ一つの区切りの年、と受け止めておられる方もあるでしょう。 さて、時は室町時代、...
頭陀袋 2019

頭陀袋090 『今を気張らにゃ』

平成八年三月一日、私は京都黄檗山萬福寺五雲居におりました。この日は宗内の僧侶育成のための春季講習会が実施中。その頃の私は二十数年のサラリーマン生活を続けており...
頭陀袋 2019

頭陀袋089 滅相もない

「滅相もない」と言えば「とんでもない」という意味とほぼ同じで、あるべきことに対し、否定的に使われる言葉です。 また、「滅相もない」と「疎相な」が似たような意味...
頭陀袋 2019

頭陀袋088 慈眼視衆生

人は物を見るとき、自分の損得のレンズを通して判断する。そこに働く分別心に気付き、自分でもなんてあさましいと、思ってしまう。観音経の終わりの部分に、そうした損得...
頭陀袋 2019

頭陀袋087 すてきな雲水さん

すてきな雲水さんが現れました。 先日、各務ヶ原の清見寺の尼さんから紹介のありました石雲禅寺の尼僧さんが旅の途中、骨山に立ちよりくださいました。うかがえば...
頭陀袋 2019

頭陀袋086 開梛(魚梆)と玉鱗のはなし

頭陀袋85号を見た信者さんから 信徒さん 生飯さば台の話、良かったね。と言うより、昔、萬福寺へ行ったことが思い出されてねえ。あの回廊に釣ってある、でか...
頭陀袋 2019

頭陀袋085 施食のはじめ

あるとき、修行僧が閑静な木の下で座禅をしていました。 すると、樹の上に猿が住んでいて、僧が食事をしているのを見て自分も食べたくなり、樹から降りて僧の前...
頭陀袋 2019

頭陀袋084 かんのん様

大乗仏教で親しまれる観音様は私たちにとってどんな仏様でしょうか?父親の厳しい愛を喩えるのに、お不動さんの愛、お母さんの愛情を示すのに観音様のお慈悲、などといわ...
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