古田住職

頭陀袋 2020

頭陀袋102 決定という言葉

現在では『決定』を『ケッテイ』と読まれることがほとんどですが、昔は呉音で『ケツジョウ』と読まれていました。私たちの読む経典にも『ケツジョウ』と発音が出てきます...
頭陀袋 2020

頭陀袋101 放生のこころ ~隠元禅師の人柄~

放生とは功徳を積むために捕らえられた生き物を山や池に放つ慈悲業を言います。『金光明経』というお経の中に流水長者という人が瀕死の魚を放って水を与えまた、お経を聞...
頭陀袋 2020

頭陀袋100 喫茶去~まあ、お茶でも飲んでゆきなさい~

喫茶去~まあ、お茶でも飲んでゆきなさい~ 私たちは「お茶でも飲みませんか?」と言われると、「一緒にコーヒーででも飲みませんか?」と、誘われる場合が多く気...
頭陀袋 2020

頭陀袋099 三拝、九拝

三拝、九拝をインターネットで調べますと「何度も頭を下げて頼むこと。または、そのようにして頼むこと。」とあります。ただし一般に使われている言葉としての三拝、九拝...
頭陀袋 2020

頭陀袋098 堪忍袋の緒が切れる

「きれる」と、国語辞典を引くと二十項目にも上る意味、使い方に出会います。でも主語をつけて「あの人はきれる」と、言えばおのずと意味は限定されてきます。日本語とし...
頭陀袋 2020

頭陀袋097 力士大波の変身

明治維新後、日本禅三派のうち最も打撃を受けたのは黄檗宗で、徳川幕府崩壊の後は大変な危機に見舞われた。黄檗宗は幕府から多大な庇護を受けていたからである。人物も拂...
頭陀袋 2020

頭陀袋096 一心不生

一心不生 (今、目の前のことにベストを尽くす) 人はよりよくなろうと思って、無茶な事に挑戦する。なぜ、いまのことにベストが尽くせないのか?一番慣れた今の...
頭陀袋 2020

頭陀袋091 雪舟とネズミの話

令和二年は十二支の一番初め、子年に戻ってきました。子年生まれの方、それぞれ一つの区切りの年、と受け止めておられる方もあるでしょう。 さて、時は室町時代、...
頭陀袋 2019

頭陀袋090 『今を気張らにゃ』

平成八年三月一日、私は京都黄檗山萬福寺五雲居におりました。この日は宗内の僧侶育成のための春季講習会が実施中。その頃の私は二十数年のサラリーマン生活を続けており...
頭陀袋 2019

頭陀袋089 滅相もない

「滅相もない」と言えば「とんでもない」という意味とほぼ同じで、あるべきことに対し、否定的に使われる言葉です。 また、「滅相もない」と「疎相な」が似たような意味...
頭陀袋 2019

頭陀袋088 慈眼視衆生

人は物を見るとき、自分の損得のレンズを通して判断する。そこに働く分別心に気付き、自分でもなんてあさましいと、思ってしまう。観音経の終わりの部分に、そうした損得...
頭陀袋 2019

頭陀袋087 すてきな雲水さん

すてきな雲水さんが現れました。 先日、各務ヶ原の清見寺の尼さんから紹介のありました石雲禅寺の尼僧さんが旅の途中、骨山に立ちよりくださいました。うかがえば...
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