黄檗宗大本山萬福寺

萬福寺について

寛文七年五月、将軍家から二万両と南海地方の木材チークが下賜

黄檗山萬福寺は1661年に中国僧「隠元隆琦いんげんりゅうき禅師」によって開創されました。
青木甲斐守が、黄檗山内に不二庵を新築してここに住まわれ、工事の監督にあたられました。
翌年、大雄宝殿(仏殿)の建築にとりかかり、三月二十五日棟上げ式があり、つづいて天王殿、斎堂(食堂)、鐘楼、伽藍堂、祖師堂も次々に建てられました。
十二月八日、これらの建物もほぼ竣工しましたので七日間の法要を行ない、上堂説法して感謝の情を披瀝されました。

隠元禅師は中国明朝時代の臨済宗を代表する僧

中国福建省福州府福清県にある黄檗山萬福寺のご住職をされていました。
その当時、日本からの度重なる招請に応じ、63歳の時に弟子20名を伴って1654年に来朝されました。
宇治の地でお寺を開くにあたり、隠元和尚は寺名を中国の自坊と同じ「黄檗山萬福寺おうばくざんまんぷくじ」と名付けました。

小僧さんをフォローする
恩林寺のぶろぐ
トップへ戻る
タイトルとURLをコピーしました