頭陀袋102 令和2年12月号

決定という言葉

現在では『決定』を『ケッテイ』と読まれることがほとんどですが、昔は呉音で『ケツジョウ』と読まれていました。
私たちの読む経典にも『ケツジョウ』と発音が出てきます。

「決定」とは名詞的には「あることが定まって動かない」ことを表し、副詞的には「必ずそうなる」ことを表します。
現代では、ケッテイと読む場合、副詞的用法は使われてないようです。
そして、ケツジョウとは仏の救いを固く信じて疑わないことを言い、安心決定することが理想と言えるでしょう。

例えば、曹洞宗の「正法眼蔵隋聞記」には『学道の人、参師聞法の時、能々窮めて聞き重ねて決定すべし。問うべきを問わず言うべきを言わずして過ごしなば、我が損なるべし。』と書かれています。

また浄土宗の法然上人は、『決定して南無阿弥陀仏にて往生することが大切である』と申されています。

さらに法華経には、今こそ大乗の教えを説くときが来たとして、『今、正しく是れこの時なり、決定して大乗を説く』という句も存在しています。

他にも、「決定心」は心が決まって動揺しないことであり、「決定往生」とは、必ず極楽に往生するということを表しています。
このようにしてみると名詞的にしろ副詞的にしろ、決定に重要な意味が含まれていることが分かるかと思います。
今では、決定の言葉の裏には多くの団体などが関与し「話し合いで○○を決定した。」などという使われ方をするので、決定は個人の問題であるといわれても、頭にピンとこないかもしれません。
しかし本当に大切なことは、自分で自分の心を決定し、その心をゆるぎないものに保つことが大切なことではないでしょうか。
仏法を信じ決定して疑いない状態、すべてはここから進展するように思います。

呉音

【ごおん】
日本漢字音(音読み)の一つ。六朝時代の中国の呉の地方の音が伝わり、仏教語に多く用いる。例えば、食堂を漢音ではショクドウと読み、呉音ではジキドウと読む。

参師聞法

【さんしもんぽう】
道元禅師が説いた言葉、たとえ道を求める心がなくても立派な人の傍で見聞きすれば、自然と「道心」が起きてくるものです。道心のない人も聞法を繰り返していると自然と道心が起こってくると述べています。

小僧さんの僧談事

人には四苦八苦というものがあります。
生老病死の苦しみ、愛する人と離れたり、憎む人と一緒になったり、欲しいものが手に入らなかったり…。そのような苦しみのことを指します。
今年はコロナ禍に惑わされる年でした。
多くの人が色々な苦しみを味わったと思います。しかしその苦しみがきっと幸せな未来に繋がります。
今年一年有難うございました。
来年も皆さんと一緒に小僧も頑張っていきたいと思います。
小僧合掌

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古田住職
皆さん、こんにちは。住職の古田正彦といいます。 私は「お寺に行こう 和尚さんと友達になろう」をキャッチフレーズに進めています。 小さなきっかけでも仏様と結ばれることを喜びとしています。