頭陀袋101 放生のこころ ~隠元禅師の人柄~

頭陀袋 2020
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放生とは功徳を積むために捕らえられた生き物を山や池に放つ慈悲業を言います。
『金光明経』というお経の中に流水長者という人が瀕死の魚を放って水を与えまた、お経を聞かせたので、後に魚は天に生まれたという逸話や、『梵網経』というお経には、すべての生き物はわが父母であるから、殺生を慎み放生せよ。と、説かれていることに基づくもののようです。

黄檗山を開いた隠元禅師は生き物を可愛がる人で、生飯台を設けて鳥たちに餌を与えたり放生池を設けて放生したいと考えていました。
寛文四年、京都の帰依者で原田左衛門という方が白金参百両を寄進して放生池が完成し、早速原田氏はたくさんの魚を放ちます。
隠元禅師はことの他、この善行を喜ばれ、この年の八月城下を守る役人たちが黄檗山を訪れ放生会を行います。
その折、役人は隠元禅師に向かい

役人
役人

私は放生の教えを薦めるようになってから和尚は肉身の菩薩であることを知りその喜びは言葉では言い尽くせません。
私どもは城府に住まいし、その身の不自由さは籠の鳥のようです。
ですから放生の功徳が身に染みるのです。

役人
役人

しかし私どもは刑罰を司る役目にあり民が重罪を犯したときにはやむなく罪人を殺さざるを得ません。
果たして私どもに罪過がありましょうか?

隠元禅師
隠元禅師

主君の命を奉じて重罪を取り締まるのは罪過ではない。
しかし、罪人を罰するにあたりその罪人を憐れみ、労りの心をもって、なるべく軽い罪に処するよう心掛けなさい。

役人は禅師の言葉を喜び、礼拝して帰っていきました。

また、禅師は常に布施を受けたお金で米を買い昼時になると必ず自分で鳩に施しておられ、自ら戯れて「わしは白鳩の給仕役だ。」と言われたということです。
これは釈迦牟尼仏が前身であったとき、自分の身をもって鳩に施し布施波羅蜜を行じたとの故事に倣ったものでありましょう。

古田住職
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「お寺に行こう 和尚さんと友達になろう」をキャッチフレーズに進めています。小さなきっかけでも仏様と結ばれることを喜びとしています。

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